昔、ある不登校ビジネスの経営者が保護者向けに発刊した書籍について私が書いたレビューを公開します。
その本は、親御さんの不安を煽り、子どもを型に嵌め、心理職の方を愚弄し、親御さんや教育者が権威を発揮して子どもを主導するための魔法のテクニックを指南するという内容でした。
私は、その経営者の論理の陰で頽れた数多の親子を知っています。
いまは新学期の初めですが、そんな節目はただ世間が勝手に決めただけです。それぞれのご家庭の時間割と、生命と、心が損なわれませんよう。どうか子ども達も親御さんも追い詰められませんよう。
この本を頼った親御さんへ
不安に苛まれれば、誰であれ大目標を見失いがちになるものです。でも、危機の中でこそ忘れてならないことは、お子さんの将来が明るく、幸福であれと、みなが願っているということです。そのことだけは、全員の願いが必ず一致しているはずです。
登校はそのための手段に過ぎません。ゴールを見誤らなければ、どのような手段を採っても良いのです。
いま、目先の不安を拭うことに気を取られ過ぎていませんか。この本が扇動しているような、お子さんが自分の存在や感情を信じることよりも、長いものに巻かれ、思考を止め、服従することを選んだ将来を、本当に願っていますか?
権威が育てるのは無力感であって、喜びではありません。そして、自立は安定した心身の基盤が培われてこそ身につくものであって、お仕着せられて体裁を整えようとも、いずれ必ずツケは回ってきます。逆に言うならば、いつからであれ、親子でその基盤を育てられたならば、その上にはどんな城でも建つことでしょう。
なぜ、心理職の方たちは「わかる」とおっしゃらないのでしょうか。なぜ、時間を要するのでしょうか。なぜ、魔法を持っていないのでしょうか。そこにこそ、専門家と本書の著者との違いが際立つのではないでしょうか。
支援した人数や年数をもって、真に困り事を乗り越えていく助けができるようになるわけではありません。共感とは、決して「わかるよ」と声を掛けることではなく、予断を捨て、「聞かせてほしい」「共に考えたい」と願うことなのではないでしょうか。
わかりやすい答えや普通であることを求めれば、複雑な子どもの心は簡単に壊れます。死んだ心をぶら下げて若い体で生き永らえる苦痛は、この世に数多あるどの苦しみよりも耐え難いものです。
不登校は決してうつや引きこもりや不幸の始まりではなく、生まれ持った特性やこれまでの生活などの結果です。しかも、先の展開は可変的ですし、不登校のメカニズムは丁寧に紐解くほどに複雑です。ですから時間や手間がかかることもあり、あらゆる種類のサポートが必要になることでしょう。
ただ確かなことは、子どもの中に起きていることは何らかの事情を反映した真っ当な結果なのだということです。その“正しさ”に敬意をもって並走することができたなら、いかなる形であれ、家族の全員にとってより喜びの多い未来になるはずです。解消や解決や治療や克服の対象として問題ばかりを論う先に、喜びなどありません。
子どもに伝わるのは大人の表の顔ではなく背中です。大人の言葉に込められた暗黙のメッセージです。我々の言動や、抑圧した不安や侮蔑は、数万倍に膨らんで子どもに届きます。我々が無意識であれ無自覚であれ、或いは、目を背けて内省できていない我々自身の未熟さであれ、子どもは見抜いて真似て、我々の裁き通りの人物へと成長します。子どもの賢さを侮るべきではありません。
大人や親も不安かも知れませんが、誰よりも安心を必要としているのは子どもです。子どもは与えられなければ安心を得ることができませんから、不安に駆られた大人が管理しようとすればするほど行き場を失い、凍りついてしまいます。安心感や喜びは、親御さんから溢れた分だけ、子どもたちが受け取れます。子どもを恐れている大人こそ、子どもたちに安心を提供できるよう癒やされ、労われ、支えられなければなりません。子どもは管理できるものでも管理して良いものでもなく、支え、助け、導く対象なのですから。
人間のような複雑な存在をわかりやすく瞬時に変えようとすれば、尊厳を削ったり膨らませたり歪めたりするしかありません。誰であれ不完全で未熟な大人です。それでもお子さんは、無条件に親御さんを必要とし、愛しました。どうか、お子さんからこれまでもらってきた愛情に応えてあげてください。
親御さんが安心し、喜びを見つけながら生きている姿こそ、子どもの栄養となります。不完全で弱い一人の人間として、助けを借りながら生きる姿を見せてあげてください。生きることや成長することがいかに幸福なのかを見せることで、子どもは希望と道しるべを得られます。何者かにならなくても、ありのままで生きる自分の存在は無条件で許されるのだと、安堵できるのです。その基盤さえ家族が協力して育めれば、若い生命はどうにかして生きていく道を見出せるはずです。
どうか、そのためにまずは、親御さんご自身が適切なサポートを得られますように。