かりそめ

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「このくらい平気」 「好きでやっている」 「自分はこういう人間」 「これまでもずっとこの生き方で平気だった」

・・・若い頃はそれが通用してしまう。周囲もその言葉を鵜呑みにしてしまう。

でも、年齢が上がるといよいよ帳尻が合わなくなってくる。自分が自分の詭弁に騙されてくれなくなる。身体がきかなくなってくる。

そして、たいていその頃には症状も原因も複雑化している。

「見たくないものを見ない・認めたくないことを認めない・死なない・恐怖が消える」・・・そのためになら人間は何でもやる。 指の傷の手当てを【しない】ために、腕を切り落とすことだってする。自傷して防衛する。防衛が行き過ぎてしょっちゅう暴力的にもなる。

防衛は愛や義憤や傍若無人な振る舞いに擬態することもある。 擬態を見せるほうが、根底にある「愛されたい・注目されたい・安心させてほしい」を見せるより安全だから。 自分が被害者で、加害者で、愛してほしい人に正しく愛してもらえなかった人間だと自覚するよりマシだから。

私たちは、口をついて出る言葉だけでできていない。 背景にあるのっぴきならなさを無視して、自分や他人から搾取し続けた代償は、必ず誰かの未来の身体が払うことになる。 前借りしたツケが残っている限り、身体は言うことをきかない。

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