身体感覚は「気づいたとき」にはもうピーク?
風邪をひくとき、
「なんだか少し変だな」とはじめに症状を自覚する瞬間がありますよね。
でもあなたのその感覚は、実はもうかなり症状が進んだ後のものかもしれません。
近年、身体感覚について語る人が増えました。
私が使っているモダリティ(ソマティックエクスペリエンシング®など)でも、身体感覚はとても大切な要素です。
では、身体感覚とは、いつどのように起こり、どのように収束していくのでしょうか。
風邪のプロセスで見る「反応のカーブ」
ここでは「風邪をひく過程」を例にとって考えてみます。

B・C領域:ピークと収束
図のB領域は、熱が上がり、咳が出て、鼻も通らず、食欲もない——生理的な反応がピークに達している状態です。
C領域では、その一連の反応が収束を迎えています。
A”領域:違和感として現れる初期反応
では、【風邪のひきはじめ】はどこにあたるでしょうか。
私は以前、【微熱やいがらっぽさが感じられる状態】を風邪のひきはじめだと思っていました。でも実のところ、それはもはや【風邪症状】ですから、すでにB領域の一部です。ここを風邪のひきはじめだと誤解してしまうと、すでに起きている反応が大きいため対処は大変です。
その手前、A”領域は【ぞくっとしたり、ダルかったりする状態】を想像してください。
この段階であれば、葛根湯のような対処も効果を発揮するかもしれません。
A’・A領域:言語化される前の微細な感覚
ただし、さらにその前にA’やAの領域があります。
A’は例えば、【ん?何かいつもと違う気がするな】という、ごく微細で言語化しにくい感覚です。この段階で適切に気づき、対処できれば、その後の展開全体が変わり得ます。
なぜA領域は見逃されるのか
Aはさらにその手前にあり、意識しても注意を向けても情報を拾いづらい領域です。
A”領域やB領域は、目に見える情報が増え、言語化や数値化もしやすいため、内側で起きている揺らぎを他者と共有しやすい特徴があります。
一方でA’やAの領域は非常に繊細で、普段の生活では意識に上ること自体が稀です。
(なお、トラウマ反応ではこのカーブが下降せず一気に駆け上がると考えられます 。その際には冷静さ・言語化・時間感覚などの能力は極端に低下しますので、他者と体験を共有することが難しくなります 。だからこそ、言葉になる前のわずかな「感覚」を入り口として、このA領域を丁寧に扱っていくことには大きな意義があるのです 。)
ワーク:反応のカーブを体験する
では、簡単なワークでこのカーブを体験してみましょう。
①
お気に入りの動画や画像を用意してください。
自然に気分が和らぐものにしましょう。
②
それを残したまま、別画面で少しだけ気持ちがざわつくニュース記事を見てみましょう。(強すぎるものは避けてくださいね)
③
②の画面を見ながら、スマホを遠ざけたり、上下左右に動かしたり、明るさを変えたりしてみましょう。呼吸や身体感覚、気分の変化に気がつくでしょうか。
④
最後に、再び①のお気に入りの画像や動画に戻ります。
同じように距離や明るさを変えてみて、違いを感じてみてください。
反応はどこから始まっていたのか
このワークの中にも、A・A’・A”・B・Cのプロセスが含まれていました。
では、Aはどこにあったように感じたでしょうか。
実は①よりもさらに前、
「では、簡単なワークで〜」
という一文をあなたが読みはじめた瞬間から、すでにこのカーブは始まっていました。あるいは、ワークを予感したりコラムに触発されたりして、それよりもさらに前から始まっていた可能性もあります。
今回のワークでは、①〜④それぞれの中にも小さなカーブがあり、それらを含みながら全体としての大きなカーブが動きました。
「大きな反応」よりも「起こり」に注目する
気分がざわつく状態がB、収束がC、と単純に考えてしまうと、心地よい変化や微細な変化の【起こり】を見逃してしまいます。
身体指向のトレーニングを受けていても、A”やBの領域のみを「感覚」と捉えていることは少なくありません。私自身もそうでした。
ですが、反応がA→B→Cと進むのであれば、
CよりもBへ、BよりもAへとアプローチする方が、その後の展開が豊かになるはずです。
そもそも神経系は全身がまとまりを持って変化しますので、このカーブには、感覚・感情・生理的な反応・身体の動きなど、あらゆるレベルの変化が内包されています。
神経系のエネルギーはどこで最大になるのか
カーブを一見すると、最も大きな反応が出ているB領域にエネルギーが集中しているように思えます。
しかし田中ちさこさんは、
「このカーブの中で最もエネルギーが大きいのはAであり、その後は惰性で進む」
と表現されました。
B領域は刺激を受けた後の大きな反応であり、対処のバリエーションが限定されてしまうのです。
物理の法則で考えるなら、放物線を描いて何かが動くとき、動きの【起こり】で運動エネルギーが最大になっています。つまり、A領域もしくはA以前の【刺激の予感】が働く領域が反応の【起こり】にあたるわけですから、そこにアプローチすれば最も大きなエネルギーが動くことになります。
クライアントのその人らしさや可能性にもっともパワフルに働きかけられるのは、このA領域です。
A領域にアプローチするということ
ただし、A領域は内包しているエネルギーが最大でありながら、微細に始まるカーブの起点でもあります。そこでの動きは、例えば吸気の前の浮遊肋骨の震えのように微細なもので、それに伴う生理的な反応も感情もダイナミックではありません。そのため、この領域の情報を感受できるようになるためには専門家からのフィードバックや十分なトレーニングを必要とするでしょう。
臨床でA領域を扱うための前提
A領域の情報は、その特徴ゆえにトラウマや神経系のキャパシティーオーバーによって濁りやすくなります。(十分に感じられない、感じることに恐怖がある、安全であっても警戒がゆるまない、など。)
セッションでこのA領域を扱う際には、
・タイトレーション(刺激を細かく分けて少しずつ進める)
・ペンデュレーション(何かと何かの間を行ったり来たりする)
・コンテインの強化
・リソーシング
・エンパワーメント
といった基本原則と、それに基づいた入念な準備、および丁寧なプロセスが不可欠です。
セラピストに求められる感受性
そして何よりも重要なのは、
セラピスト自身が自分の中のAやA’に気づけることでしょう。
自分の神経系の微細な動きを感じられなければ、クライアントの中にそれを見出すことはできませんから。
(推奨される詳しい手順については記述を控えます。SEPの方はちさこさんのコンサルテーションをご検討ください。)
感覚の【起こり】を拾い上げる意味
日常の中で、あるいはリソースに触れる中で、神経系の変化の【起こり】を拾い、待つことができるようになると、セラピーやフラッシュバックへの対処においてもその端緒を捕らえやすくなります。
Bを克服してCを目指そう、という努力は、身体指向のセラピーの醍醐味からは遠いのです。
答えは私たち自身の中にあります。
それが最大限に引き出されるのは、クライアントとセラピストがともに作為を超え、Aの領域で探究を始めたときなのではないでしょうか。
補足:カーブは単純な線ではない
※今回、反応を1本の放物線カーブとして描き、区切り、各点について敢えて“領域”という表現を使いました。各々の領域は点ではなく広がりや流動性を持つと考えられるからです。特にトラウマ反応が収束していく時のC領域は、ゼロになるのでも、以前と同じ状態に戻るのでもなく、また、「これで終わり」という地点もありません。加えて、本来の有機体は1本の線で描けるほど単純でもありません。
トラウマにまつわる神経系のカーブは、回復に伴って波の上下を繰り返しながら凪へと至り、それでも完全な停止状態にはなりません。また、おしなべて発達トラウマからの回復は、「克服フェーズ」から「共存フェーズ」へと移行していきます。このことについては、いずれ別のコラムにまとめます。
(今回のコラムは、アレクサンダーテクニークのレッスンで田中ちさこさんと交わした、身体感覚と神経系についてのやりとりにヒントを得てまとめました。ちさこさん、ありがとうございました。)
